『少子高齢化が進む先進国の中で日本だけに与えられた政策オプション』ー④
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『まだ「人口増加の余地』が残されている...少子高齢化が進む先進国の中でにほんだけに与えられた政策オプション』ー④
~(前号)からの継続アップ~
◆根強く残る「移民政策の不在」論
この梶田の学説の強い影響の下、入れぐらーな受け入れ結果として「定住する外国人に対する統合政策が欠如している」という批判も頻繁に行われてきた。例えば高谷幸(2019)は、日本の非正規滞在者を対象とした研究で、日本における外国人政策の基本的姿勢は「あらゆる移住ルートを通じた定住化の阻止」であるとする。
こういった批判は日本の政策的な不備を指摘し、その改善を訴えることを目的としている。その一方で、興味深いことにその対極にある、外国人の受入れに対して否定的な論者の間にも「移民政策が不在である」といった認識が見られる。
例えば、産経新聞は2023年7月頃以降の日本人の外国人受け入れ政策に関する連載の中で、単なる「外国人嫌い(ゼノフォビア)」とは区別される、なし崩しの受入れによる弊害を指摘し、「欧米の轍を踏むな」とのメッセージの下、移民、外国人の受入れに否定的な論説を展開している。この前提には日本において「なし崩し」ではない、「計画された移民政策」が不在であるという認識がある。
このように、「移民政策の不在」を問題視し、そこから自らの理想とする状態ーー外国人受け入れ/排訴ーーを訴えるという構図自体は、政治的立場にかかわらず、共通しているのである。
◆「移民政策不在論」の功罪
こうした「移民政策不在論」の功罪は大きい。その論者にとってのメリット(功)は、現状に対する批判的な視点を提供できることである。これは立場を問わず、自らの理想とする状況に対して、主断面での欠如、不備を指摘するという意味において、建設的なものと言えるだろう。
一方、デメリット(罪)は、これまでの日本における外国人に関する政策を「不在」ないしは「その場しのぎの継ぎはぎだらけのもの」と一蹴することで、それを体系的に理解する」始点が失われ、客観的かつ反省的に次の政策を考えることができなくなってしまうことである。その結果、次にやることも思い付きでいいということになってしまう。実際に「ある」ものを「ない」と名付けることにより、その内容をブラックボックス化することで、批判のための鋭い一撃が、むしろ権力の恣意的な濫用を生むことさえある。
また、諸外国の移民政策の経験を活かすたあめのプラットフォーム自体を失わせてしまう。「移民政策が不在である」と批判する場合、当然のことながら、政府が実態としてやっていることは移民政策ではないということになり、他国の例を建設的に参照する視点は失われがちである。
その結果、「移民政策の不在論」が、かえって移民の政策の不在を助長するという皮肉な結果を生むことになるだろう。私たちが今すべきことは、日本がこれまでやってきたことを体系的に明らかにした上で、その内在的理論の軌跡をしっかりと辿ることである。その上に反省や今後の改善のための方向性が初めて見えてくる。
(記事出典:是川 夕 氏(国立社会保障・人口問題研究所国際関係部長)/ PRESIDENT Online 2025/12/20 )
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