『「世界シェア7割」を独占! 東洋合成工業が握る半導体微細化の”生命線”』ー②
(貿易ともだち)さん、みんな(がんばるチャン!)してるかな? (8670)
『「世界シェア7割」を独占! 東洋合成工業が握る半導体微細化の”生命線”』ー②
~(前号)からの継続アップ~

◆香料材料の世界シェア40%
東洋合成工業は、香料原料も生産しており、世界シェアは40%を占める。香料原料は洗剤やシャンプーなどトイレタリー製品の香りの素になるほか、ジュースやお菓子などのフレーバーにも持ち入れられている。
同社の香料は高品質であることに加えて、香りの安定性が高いことが評価され、27ヶ国に輸出されている。人間の嗅覚は敏感なtめ、香りが変化すると製品そのものを拒否するようになってしまう。香りの安定性はとても重要だ。
同社はオランダのロッテルダムに香料材料の物流倉庫を確保して、世界各国への配送体制を構築している。さらに、香料材料の医薬向け分野への販売も強化しており、販売拡大による香料材料の伸びが期待される。
◆ピンチをチャンスに変えた
創業者の木村正輝氏は1954年、東京江戸川区に麻酔薬などの医薬品用化学製品を製造する日本アセチレン化学工業を設立。その後、蒸留精製技術に磨きをかけ、輸入品の合成繊維原料の精製を手がけた。
1963年には千葉県市川市に工場を建設して酢酸エステルの製造を開始し、事業が軌道に乗ったことから新工場用地を市川市から取得する。しかし、そこは土地といっても埋め立て前の海。埋め立てた後に塩害が予想され、工場には向かない土地だった。
そこで、木村氏はその土地を油槽所にすることにした。これが現在の高浜油槽所だ。日本の石油化学産業の成長期であったことから、多くの石油化学関連企業からの引合いがあり、油槽所ビジネスは同社の安定した収益の柱となった。油槽所ビジネスの成功が、その後の同社の成長に繋がっていく。
東洋合成にとって大きな転機となったのは、1970年代の石油ショックだ。
原料価格高騰と化成品の販売不振に苦しんだ東洋合成は、半導体分野への進出を決意。1981年には感光材製造工場を建設し、1982年には感光材研究所を開設した。
研究生産体制は整ったものの、国内市場が未成熟で参入が困難だったため、半導体先進国の米国に活路を求めた。米国企業への販売をきっかけとして販路を拡大し、その後は半導体の微細化にともなって事業を拡大していった。現在では全売上高のうち、60%が感光材だ。
◆経済安全保障上も重要な位置を占める
数百ある半導体の製造工程では、企業同士の擦り合わせが重要だ。長年の擦り合わせによって構築された関係は強固であり、他社への置き換えは容易ではない。もし、材料を他社のものに変更した場合、同じ製品を製造できるかわからない。
フォトレジストメーカーが材料を取引実績のない他社製品に変更するのは、リスクが高すぎる。もし変更するとしても膨大な件数のシュミュレーションが必要になるので、膨大なコストがかかる。したがって、世界の主要フォトレジストメーカーと密接な関係を持つ東洋合成の優位が揺らぐことは考えにくい。
ちなみに、東洋合成は財務省の「海外投資家の出資を事前審査する重点企業」リストに掲載されている。ここに掲載されたということは、日本政府が外資からの買収に対して重点的に保護する企業であること。
東洋合成の技術が経済安全保障上としても重要であることを示している。
(記事出典:田宮寛之 氏(経済ジャーナリスト)東洋経済オンライン 2025/11/21 )
blog up by Gewerbe 「貿易ともだち」 K・佐々木


htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-244815631"
hx-vals='{"url":"https:\/\/Gewerbe.exblog.jp\/244815631\/","__csrf_value":"47812836ab8c51797b255e8e0fa675aad6c71d7ecc53fa7aacb1e0081eb7e2b741340209bb5dbe3aead3ff63cf5abe1e2309de35da75a5da1874112429c4a57f"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">