『〈54年前の時代〉 ”ニクソン・ショック”』ー④
(貿易ともだち)さん、みんな(がんばるチャン!)してるかな? (8147)『〈54年前の時代〉”ニクソン・ショック”』ー④
~(前号)からの継続アップ~
『ドル=ショック後の世界経済』
1971年、ニクソン大統領が、ドル防衛策を打ち出し、ドルと金の兌換停止に踏み切ったことは、戦後世界経済のブレトン・ウッズ体制を崩壊させ、同時に打ち出した10%の輸入課徴金の賦課は、同じく戦後世界経済の原則であった自由貿易主義を揺るがすこととなった。
◆ドルの切り下げから変動相場制へ
先進諸国は1971年12月18日、ワシントンのスミソニアン博物館で主要国蔵相会議を開き、ドル切下げを決定、(日本は)1ドル=360円から308円とされた(ドルから見れば切下げ、円から見れば切り上げ)。このスミソニアン協定は固定相場制を維持することを狙った。
これはドル切下げによってアメリカの輸出を増やしアメリカ経済を安定させることを目指したものであったが、世界に出回っていたドルの価値が保証されなくなったため、間もなく1973年までに先進国は相次いで変動相場制に移行し、ドルはさらに下落することになった。
◆自由貿易体制の危機
アメリカが輸入課徴金を設け、保護主義に転換したことは、第二次世界大戦後に、戦前のブロック経済体制を反省した自由貿易主義の原則を確立するために設けられた『関税と貿易に関する一般協定(GATT)』の精神にアメリカが自ら反することをしたことを意味している。
これ以後アメリカは保護貿易主義的な姿勢を強めることとなり、日米貿易摩擦の背景となっていく。
ヨーロッパでは戦後、アメリカ経済の強い支配から脱するために、ヨーロッパの統合を進める動きが進み、1967年にヨーロッパ共同体(EC)が発足していたが、このドルショックの事態を受けて、1973年1月にイギリスの加盟が認められ拡大ECとなった。これもドル=ショック後の関連する動きであった。
◆ドル=ショックの影響
ドル=ショックは続く石油危機(オイル=ショック。第1次が1973年、第2次が1979年)と合わせて、戦後経済に大きな衝撃を与え、ドルを基軸とした国際通貨制度であるブレトン=ウッズ体制を崩壊させ、アメリカの威信の低下をもたらすとともに、西ヨーロッパ統合を促進させ、技術革新や省エネで危機を克服した日本経済た台頭し、資本主義世界での三極構造への転換などをもたらした。
また、資本主義経済では従来とは違った不況とインフレが同時に進むスタグフレーションという現象がつづくこととなった。
このようなアメリカ経済の後退は、アメリカ外交政策にも大きな影響を与え、東西冷戦の終結の要因となった。
(記事出典:Y-History 教材工房 (世界史の窓))
blog up by Gewerbe 「貿易ともだち」 K・佐々木

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