『オーストリア産和牛「WAGYU」誕生の裏に日本人畜産業者-④』
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『和牛は今や世界の「WAGYU」:アメリカ、オーストラリアに続き中国でも生産』
ーWAGYU誕生の裏に日本人畜産業者の存在ー
オーストラリアに初めて和牛が持ち込まれたのは1989年から1999年にかけて、研究目的のために生きた牛が輸出されたアメリカから、遺伝子の形で渡った。その約10年間の遺伝子輸入の80%以上に直接関与したのがオーストラリア産WAGYUの生みの親とも言われるデービット・ブラックモア氏だ。
同氏は1992年に北海道の畜産業者だった武田正吾氏と出会い、和牛の遺伝子を特別に譲りうけた。受精卵と精液の輸入を開始した。武田氏は1994年にブラックモア氏と和牛遺伝子の対オーストラリア輸出独占代理店契約を結んだほか、1998年にかけてアメリカにも多数の和牛を輸出した。
武田氏は「美味しい和牛を世界中の人に食べてもらいたい」との思いから輸出に踏み切ったとしているが、和牛遺伝子を海外に出さないよう生産者たちに強く働きかけていた和牛生産業者団体:「全国和牛登録協会」の要請を無視したとして1997年の除名処分を受ける。
ただ、輸出を規制する法律は無かった。今日でこそ、武田氏は和牛の美味しさを海外に広める先駆者の役割を果たしたとも言えるが、和牛の知的財産権を捉えれば、国益に反した行為とも考えられ、評価は様々だ。
ブラックモア氏は1988年、米テキサス州A&M大学の研究農場で初めて出会った和牛にほれ込み、オーストラリアで飼育に着手。1990年代末には黒毛和牛と同じ遺伝子を受け継いでいる「フルブラッドWAGYU」(和牛の血量が100%)の生産に成功した。
1990年には「オーストラリアWAGYU協会」を設立。日本と同様の厳しい登録管理、品質管理を行い、WAGYUの育成と改良にも力を注いでいる、フルブラッドWAGYUの飼育頭数は約30万頭にも達している。オーストラリアで飼育されている牛約3,000万頭の約1%だ。
(記事抜粋:長澤孝昭 氏ーin the News編集部 2015/08/27)
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