(貿易ともだち)さん、みんな(がんばるチャン!)してるかな? (2503)
昨年からの「アベノミクス」日本経済の復活! 今年は
”駿馬の如く駆け抜ける”と、その鼻息は荒いですね。
「バブルの崩壊」&「リーマン・ショック!」と続き、実際は、失われた20年と言いたいのですが、まずは、
「バブル崩壊・・」とはいったい何だったのでしょうか?
我が国の”バブルの崩壊”に至る経過には(前期)と(後期)の2段階があり、実は(前期)の不況を日本は見事に、世界でいち早くわずか4年で乗り切り、1989年末・大納会の日経平均株価
38,915円まで上げています。今、思えば、この(前期、復活!)が、(後期崩壊)がもたらす”失われた20年”を引き起こす要因でした。
『バブル崩壊・(前期)』
・1985年9月22日、アメリカ・ニューヨークのプラザホテルで、行き過ぎた米ドル高の是正
を目的としてG5(米国、英国、旧西独、仏、日)の5カ国蔵相会議が開催された。
(プラザ合意)
・この(プラザ合意)により、国際為替レートは
1米ドル/235円から⇒1年で、150円/ドル
まで一気に(円高)が進んだ。・日本の輸出産業は深刻な”円高打撃!”を受け、中小企業の倒産が相次いだ。
・一方、”円高打撃”=”円高差益”の発生により、関西電力では火力発電所の輸入燃料
の重油の支払い代金は1985年の2330億円から1986年は1012億円と1300億円余りの
円高差益を発生させ、東京電力においても、1円の円高で、40億円/年の利益が出る、
と言われた。
・しかし、日本が始めて経験する”円高”に戸惑い、日本政府は公定歩合を史上最低で
ある2.5%まで下げ,
金融緩和に乗り出した。
・公定歩合を引き下げた結果、日本経済にはマネーという水がジャブジャブと溢れ出した。
この時、市場に余分に供給されたマネーの額は約20兆円に上るとされている。
・あまったマネーは、土地や株の投機に向かった。土地が値上がりする。㈱が値上がりす
る。資産が増えた我々は気が大きくなり、消費拡大に向かった。
当時、”これが日本経済の実力だ!”との錯覚を信じて、疑いもしなかった・・。
・1987年年末の大納会、日経平均株価は18,701円で引けた。
・翌、1987年10月19日、日経平均株価は25,747円まで高騰・・!
・翌日の10月20日、アメリカの株価急落を引き金に世界同時株安が起こった。
日経平均株価は
1日で4000円も下落し、21,910円まで落ちた。
(10月20日=
”ブラック・マンデー”)と呼ばれる出来事である。
ー次号で、【バブル崩壊・(後期)】に続けます。-
by Gewerbe 「貿易ともだち」 K・佐々木